2018年 2月

やってみなけりゃ分からない。
 
やって壁にぶち当たっても
やらずに逃げるよりはまし。
 
よくよくめでたい人間だ。
賢く生きてりゃ苦労も少ない。
 
自分勝手に苦労を背負い込み
「ふー、ふー」と青色吐息。
 
何がどう楽しんだか、休まない。
いや、休めない…。自ら蒔いた種。
 
さぁさぁ、どこまで泳いでゆけるのでしょうか?
止まれば死んじゃうマグロのように泳ぎ続けます。
 
やはり、体力勝負だね…。
気力、体力を持ち合わせてなけりゃ、いっぱしの仕事ができないね!
 
だったら弱音を吐かずにいきましょうか。
ファイト、ファイト!!
 
がんばるぞ~!
オォ~!

                        以上 sakaki

以前にも書いた。
振り子が右に振られたら、今度は左に振られる。
 
自然な話だ。
つまり、プラスにぶれた分マイナスにもぶれると言うこと。
 
禍福はあざなえる縄の如しか…。
「漢書」「史記」に記載、大よそ2000年前。
 
と言うことは、
人間の物事に対する考え方は、変化していないのか…。
 
人間世界と言う営みには、
不変の大原則があると言うことだ。
 
凄い!
まさに歴史から学べだ。
 
良い事象と悪い事象に揉まれながらも
狼狽えず、威張ることなく淡々と我が人生を歩くこと。
その信じた道の向こうに生きた証がある。
 
今は今で雨に打たれようが、いいではないか。
いずれ眩いばかりの太陽が昇るであろう。

                     以上 sakaki

播州弁。
我らが使う方言。
 
もちろん標準語にはほど遠い。(笑)
下品できつく聞こえるらしい。
 
ここで注意が必要となる。
播州人同士の会話なら気遣い無用。
その下品できつい物言いはお互い様。
 
でも、それに慣れていない播州人以外の人にとっては、
その会話が不快そのものになりうる可能性がある。
 
我々も遠い地域の人の方言を聞く時もそうだろう。
冷たく感じたり、暑苦しく感じたりするのがそうだ。
 
だから、地元以外の離れたところでコミュニケーションを取る時は、
自分が持っている方言の特性をも考慮に入れなければならない。
 
普通に言っているつもりが、怒っているように受けとめられる。
楽しくしゃべっているつもりが、バカにしているように受けとめられる。
 
ここが、コミュニケーションの難しさだ。
今までは、意識しないで過ごしてきたが、
ここは気を付けなければならないポイント。
 
方言で会話の真意が歪められてしまうことを避けなければならない。
外に打って出ることの難しさの一つだ。
 
でも、少しの意識があれば善処できる。
その意識するかしないかが大きな差となる。

                           以上 sakaki

『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』
 
一身を犠牲にするだけの覚悟があって初めて、
活路も見出せると言うこと。
 
我が人生、我が事業は我の身を犠牲にすることで
いいように道が開けると言うことか…。
 
確かに自分をかばってばかりいると内弁慶になる。
それは、とても気持ちが良いものだ…。
 
外にいるべき敵と戦わなくて済むし、
外に吹き荒れる逆境の嵐に巻き込まれることは無い。
 
我が中に居れば、安心安全。
心地よい。
 
でも、わが身を捨てでも外に出なければならない。
自分を自分の事業を客観視できないからだ。
 
無駄なことに映るかもしれない。
モノ好きと笑われるかもしれない。
 
でも、自分の中にいると自分が見えない。
自分を捨ててこそ見えてくる自分がある。
 
そう言えば、孫子も
『敵を知り己を知らば百戦危うからず』と言ってましたね。
 
とりあえず、私の中ではつながりました。
「なるほどねぇ~!」(笑)

                     以上 sakaki

生き方は、様々である。
経営の仕方も様々である。
 
目の前の仕事に全力投球をして、
結果たどり着いた場所が終着点という考え方。
 
最初から終着地点を設定しておいて、
それに向かって全力投球する考え方。
 
前者は、しんどくてもその日の全力投球での
達成感があるだろう。
 
後者は、終着地点に着くまでは、
検証と反省の連続となる。
 
どちらが優れていると言うことは無い。
生き方、やり方の問題だ。
 
個人的には、後者の方が結果が出せると思っている。
日々、思い苦しむが行く先が決まっているのでブレが分かる。
 
前者は、もともと目的地が決まってないので
ブレを感じることは無い。
 
ホントどちらがどうと言うことは無い。
ただ、たまに前者的な生き方が羨ましく思える。
 
ついつい、将来を意識してしまうので、
今を楽しめないパターンに入る。
 
結局、将来のために、将来のためにと言って
死んでゆくのかもしれない。
 
人生の後半戦になって、
どこまで行けるかの限界点も見えてくる。
 
それじゃ、一日、一日、一生懸命生きればよいではないか、となる。
そうなのであるが、つい行き先を意識してしまう。
 
だから頭の中の経営計画書がいつも書き換えられてゆく。
何度も何度も変更をかけても正解にはならない。
 
その作業が、バカと映るか、無駄と映るか…。
ホントにそうかもね…。(笑)
 
やはり、生き方ですかね。

                     以上 sakaki

○×○×…。
 
○○○×かもしれない。
×××○かもしれない。
 
○○○○はありえないし、
××××もありえない。
 
右に振れたら、
次は、左に振れる。
 
そうした反対現象でバランスがとられる。
足して引いてどれだけ残る。
 
一歩踏み出せば出る杭となり打たれるかもしれない。
でも、怖がって後ずさりすると前には進まない。
 
簡単な法則の中で生きているのに、
すべてうまく運ぶことは難しい。
 
はみ出て、ぶつかって学んでゆく。
「何を?」
 
自分が神様でないことを…。
そして、それが本当の自分なのである。
 
事象からくみ取れ。
そこからシグナルが発せられている。

                   以上 sakaki

確定申告に向けて、知識を復活中。
改めて複雑な税金です。
 
個人の色々な状況を想定して
国民に優しい税制のふりをしなければなりませんから…。
 
規則、規則のがんじがらめ…。
誰にこんな個人が稼いだお金を税制で縛る権利があるのでしょうか?
 
立派なものです。
税制を作り上げた組織。
そして、それに従う国民。
 
アジアの中では、最高じゃないでしょうか?
この高い民度。
 
これから、おいおいとアジアの税制に親しんでゆきますが、
今のところ実体験の感覚としてそう思いますよ。
 
民族性、今までの教育の在り方。
すべてが作用しているのでしょう。
 
この現実を認めるなら。
吸い上げた税金の使い道をもっと賢い人間で検討すべきかも…。
 
一生懸命頑張ってお金を稼いだ人間から取り上げた税金を
楽して生きている人間へ振り分けるのが富の再分配なのでしょうか?
 
税制と言うルールはルールとして、
それの使い方をもっと論議する時代では?
改めて思いました…。

                        以上 sakaki

真実は一杯あるのかもしれません。
いや、真実は一つでその解釈が流動的なのです。
 
例えば、人間。
その人間が存在することは真実。
 
でも、その人間に関してのイメージは、
毎日会う人、時々会う人、メールだけの人。
これらの人の印象が一致することは稀でしょう。
 
毎日会う人は、良い面も悪い面も毎日増幅して、
決して隠し通せることができないでしょう。
 
たまに会う人なら、その場面だけを取り繕うことができます。
まして、メールだけの付き合いなら何とでも取り繕えます。
 
人間は同じなのに、同じ評価にはならないところが、
真実の解釈が流動的であると思えるのです。
 
ふと、真実が見えているのかなぁ、と不安に思います。
不可能なことだとは思いますが、なるべく適正な判断をしたものです。
 
モノに対する誤解は、あとで自分の考えを変えれば済みますが、
人に対する誤解は、致命傷になりがちです。
 
出会う頻度、交わす会話の内容、交友関係等を考慮し、
当たらずとも遠からずのイメージを持ちたいですね。
 
これが何歳になっても難問なのです。
でも、事をなす時には重要なポイントとなるのです…。

                    以上 sakaki

人は生まれて自我が生まれると孤独を感じる。
つまり、一人ぼっちを知るのだ。
 
その一人ぼっちの寂しさを紛らわすために、
読書したり、スポーツしたりする。
 
友達を作ったり、恋人を探す。
結婚も然りである。
 
死ぬまでの孤独な時間をいかに楽しくするかが焦点となる。
でも、逃げても逃げても孤独からは逃げられない。
 
人間の本当の姿だからだ。
だから、恥じることも、隠すことも無用だ。
 
でも、人は孤独を隠したり、ごまかしたりしてしまう。
一人が怖いのである。
 
まぁまぁ、そんなに怖がらずに生きましょうか!
一生分かり合うことができない他人様と分かり合おうと思う方が疲れませんか?
 
それならば、いっそうのこと孤独を中心として
適度な距離を置いて人間社会を生きていけばどうですか。
 
人を100%頼りもせず、かと言って避けもせず。
適当な距離を保って良い付き合いをすればよいのでは…。
 
そうか、
『君子の交わりは淡きこと水のごとし』か…。
 
さすが荘子です。
ちなみにこれの反対は、『小人の交わりは甘きこと醴の如 し』で
 
つまらぬ 小人物の交際は、まるで甘酒のように甘く、ベタべタした関係であり、
一時的には濃密のように見えても、長続きせず、破綻を招きやすいものと言う意味。
 
今日は、漢文の授業でした!(笑)

                           以上 sakaki

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榊経営会計事務所は兵庫県姫路市の税理士事務所です。

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